2009年4月30日木曜日

blogになります

来月から、常林寺.netのニュースコーナーあるいはひとりごとコーナーがblogのシステムを取り入れます。
ご覧になる皆様にとってはあまり変化はないとは思いますが、カテゴリ別や日付検索などが出来るようなるメリットがあります。
私にとってはブラウザ上から更新できるようになるので、更新の頻度が上がる可能性は多少ありますが、得てしてこういうものの場合、人間の本質が原因となっていることがあるので、相変わらず更新の頻度は低いままという予想も付きます。そもそも、日常を過ごす中では、そのときそのとき、ああこういうこともアップしたらいいなとか、いろいろ思いつくのですが、いざ愛macを前にすると、そんなものは忘却の彼方にあるものでございます。
今後、どんなことになるかは、時の流れのみぞ知るわけであります。いや、私の精進にかかるものであります。

題名『blogになります』
この場合、すでにblogとなったこの場で申し上げていることですから、「blogになりました」というのが本来適当なのでしょうが、やはりネタとして一つ使えるのでそのままにするという小賢しいワザをつかうこととしましょう。
ファミレスなどで、店員さんが料理を持ってきてくれる場合、だいたい、「ハンバーグになります」とか言って持ってきてくれるわけですが、この場合、すでにハンバーグになっているものを持ってきてくれているので「になります」というのはおかしいということを常々感じているわけですが、学生時代に先輩と一緒にファミレスで「いちごパフェと・・・・ライス」と注文し、それを撤回したのではやはりユーモアのセンスを問われるわけになるのであるからそのままいただいたというような時代・年齢とは違うこととなっているので、いちいち「これはまだサラダになっていないのか?」というような疑問を一人一人の店員さんに呈するようなことはしていないわけですが、日本語の正しい未来のためには一人一人に老婆心を呈するべきなのか迷うべきところであります。
お会計の時「○○円のお釣りになります」というのは、お釣りというものが、いつからお釣りになるのかという解釈によっては成立するかもしれないなどとも考えていますが・・・お釣りとは店員さんの手から私たちお客の手に渡った瞬間にただの金銭からお釣りになるのかもしれないし、計算が成立した時点、すなわちまだレジの中にある時点でもやはりお釣りはお釣りかもしれないとも考えられます。もし、お釣りをうっかり受け取らずにレジを離れた場合は、きっと店員さんに「お釣りおわすれですよう!」と声を掛けられるはずだから、やはり受け取る前からお釣りになっていると考えるのが妥当かもしれない。だとすると、やはり、「お釣りです」と言ってほしい。

blogになったとたん、訳のわからない内容になってしましましたが、ZENの自由なもののとらえ方の一端をご覧頂いたということにしたら、ホウボウからおしかりを賜ることとなるのは明白でありますから、住職の愚かなる思考形態の一端をご覧頂いたということにしておきましょう。
おそらく、最近、内田百けん(けんは門がまえに月が入る「間」の異字体)の著書『第二阿呆列車』を読み進めているせいだと思われます。